先週からやりたい!と言っていたものの、体調不良で伸びていた【なもぱら×さんかてつ】企画、ついに始動です。
といっても、意外と難しいものでして。
とりあえず書いてみたということで。ラブコメチックに。



 残っている人もまばらになった本社の夜。そろそろ帰ろうかとロッカールームに立ち寄ったのだが。
「あ、れ……あかでん?」
「……あ、ぅあ! びっくりした!」
 めずらしい。いつもの制服姿じゃない。
「どしたの? ……呑みにいくのか?」
「あ、いや、あの……うん、そう!」
 私服姿のこいつを社内で見るのはかなり珍しい事例ではあるが、何故かきょどきょどと落ち着かない。どうしたんだろうとは思ったものの、あんまり深く考えずに言った。
「俺も今終わったんだけど」
「へ? あ、ああ、ごめん。もう予約取ってるんで」
「あ、そ」
 予約ってことは、向こうの部署か何かの宴会だろうか。
「んじゃ、またな」
「ごめんな、銀。また今度な」
 そういってそそくさと出て行くあいつ。首を傾げていたら、
「……あかでんさん、デートなんじゃないですか? 結構おしゃれしてたみたいですし」
「そうなのか? そんな話全然聞かないけど」
後からやってきた部下に、そんなことを言われた。そこまで言われてもピンとこなかったわけなのだが。

 まっすぐ帰宅する気がなくて、行きつけのスナックにふらりと立ち寄ったところ。
「あ、れ」
「あ、こんばんわ」
 めずらしい人が。
「こういうところでお会いするのは初めてですね、銀さん」
「そうですねえ……」
 カウンター席でグラス片手に涼やかな笑顔を向けるその相手は西鹿島さん。ある意味もう一人の「あかでん」ではあるのだが、たたずまいから性格まであいつと同じようでかなり異なる、不思議な存在。苦手なのではないが、正直どう対応していいのか、いつも困ってしまうわけで。
 困りつつも、彼の隣のカウンター席に座る。いつものと頼めば、間髪入れずに酒が出る。それを微笑みながら眺められても、俺はどうしたらいいのだ。
 そんな困惑ぶりがどこかに出ていたのだろうか。向こうから話しかけられた。
「……今日は、妹がお世話になっているようで」
「へ? 俺、何かしましたっけ……?」
「あ、いえいえ。そちらの私が」
「??」
 話が見えない。ちなみに「妹」とは遠鉄バスさん。あちら側の「俺」のような存在なのだが、何故か向こうは女性らしい。
「……ご存知ありませんでしたか? もしかして」
「えっと、何のこと……」
「ああ、そうでしたか。これは申し訳ないことをいたしました」
「ちょ、ちょっとまって」
 勝手に話が終わってしまいそうな雰囲気に、取り残された感を感じて会話を引き止める。
「すみません。何の話かわからないのですが」
「いえ、知らないのでしたら」
「……」
 あいまいな笑みを浮かべられても、こっちはさっぱりわからない。またこれが涼しげな微笑みだから、余計腹が立ってしょうがない。
 とはいえ、短気を起こしてぶちきれたところでいいことなんかひとつもないことくらいは気づいている。不要な怒りは、アルコールで吹き飛ばすのがちょうどいい。
 というわけで、勢いに任せてがんがん飲んでいたら。
「……つかぬ事をお伺いいたしますが」
「何?」
 無意識に凄んでしまったらしく、相手は目を見開いてうろたえている。いつも澄ました顔をしているが、こういう表情もできるんだ、この人。
「あ、気に障られたようでしたら、申し訳ない」
「いや、別に。むしろ途中で止められるほうがむかつく」
「あ、はあ……」
 明らかに己の言葉が汚く尖っているのがわかるが、止める気はない。むしろ相手の反応が面白いのでこの方向がいいんじゃないかという気さえしている。なんでこんなにも違うんだとよく言われてるらしいが、俺は俺、知ったこっちゃねえし。
「ええっとですね……」
 あちらは明らかに困っている。しばらく考え込んでいるようだったが、意を決したらしい。
「つかぬ事をお伺いしますが……」
「だから、何だよ!」
 だが、その内容は。
「……銀さんって、お酒お強いほうですか?」
「は?」
 予想外過ぎる質問。なんじゃそりゃ。
「え、いや、あちらの私とどちらが強いのかなって」
「……俺のほうが強いけど……」
「あ、そうなのですね。……そこは一緒なのか……」
「……それってなんか関係あるの?」
 あまりに明後日な方向の展開に対応できずきょとんとしている俺に、向こうは微笑みかける。
「ええっとですね、あの、銀さん」
「はい」
「今、うちの妹とそちらの私が、一緒に呑みに行ってるみたいなんですよ」
「は、あ……」
 ここでようやくピンときた。なぜあかでんのやつが本社のロッカーで着替えていたのか。そこそこ身奇麗な私服に着替えていたのか。
「ああ、そういうことかあ……」
 そういえば、あいつ、以前言っていた気がする。遠鉄バスさんは美人できれいだって。
 ……ん? ちょっとまて。ということは?
 あいつ、向こうのバスさんを口説き落としに行ってるってことなのか?
 それってまずくないか? いろんな意味で。
「うわ、ほんと、申し訳ない!」
「え?」
「いや、うちの馬鹿が、ご迷惑おかけしまして!」
「えーっと……」
「ちょ、今すぐあいつ回収しないと! どこで呑んでるんだ……」
 あわててケータイを取り出した俺に。
「あ、の。銀さん?」
「なに」
「何か勘違いしているようですが……」
「いや、勘違いじゃないよ。あいつ、女ったらしだからまずいって」
「は、はあ……」
 困惑している西鹿島さんはこの際無視をする。そして、あいつの実力でそもそも口説き落とせるかどうかということもこの際考えないことにする。
 他のところに迷惑をかけるな。面倒くさい行動するな。それだけは言わないと。
 手馴れた操作で電話をかける。
 圏外もしくは電源が入っていないとのアナウンス。
 ピンチ。
 うーあーとうなってる俺に。
「銀さん落ち着いてくださいね」
「いや、落ち着いていられるか。あんたも妹がやばいんだぞ」
「おっしゃってる意味がわかりませんが……」
 咳払いをすると、そこで彼はこんなことを言ったのだ。
「どちらかというと、そちらの私が危機に晒されるのではないかと……」
「……は?」
 意味がわからず思考が停止したそのタイミングで、彼のケータイが鳴った。

 
「だってあかでんさんが、まだ行ける、大丈夫って言ってましたから……」
「だからって、限度ってものがあるでしょうが!」
「そうですけど、お兄さん……」
 さすがの俺も、この展開は予想してよかったはずだ。
 ケータイの相手はバスさん。あわてて店に駆けつけてみれば、それなりにしゃっきりしているバスさんに対し、あの馬鹿は泥酔しきって正体もなく潰れていた。バスさん曰く、甘くて強いカクテルを結構勧めてきたので、それなりにお酒が強い人なのだと思い、自分もスピリタスとかを勧めていたという。勧めたお酒を断わりもせずに呑むので、ああこういうのが好きなのだなと思っていたら、突然パタリと。
「と、とにかく。本当に申し訳ありません」
「ごめんなさい……」
「あーあー、いいって。気にしないで」
「でも……」
「どうせこいつがスケベ根性出しただけだから」
 二人に謝られるが、悪いのは確実にあかでんの馬鹿だ。
「とりあえず、こいつは回収してくから。気をつけて帰ってくださいね」
「本当に申し訳ありません。後日お詫びに参りますので……」
「そんなのしなくていいって。全然かまわないから」
 あまりに恐縮されすぎて、逆にこっちが申し訳ない気分になってきた。 
 あかでんの自宅まで送っていく元気もお金もないので、すぐ近くの己の自宅まで連れ帰っていく。相変わらず正体のない馬鹿をリビングに転がらせ、せめてもの慰めで毛布でもかけてやるかと持ってきてやると。
「……バスさぁん、今度、オレと一緒に……」
 幸せそうな寝言。
 そこまでいってもまだ口説き落とす気があるのか。そう思ったら無性に腹が立って、力任せに毛布をたたきつけ、ついでにソファにあったクッションを2つ3つ全力で投げつけると、不服そうな寝言を漏らす馬鹿をほっといて自室に引っ込むことにした。

 翌日。
「……頭痛ぇ……」
「当たり前だ。変な気起こすほうが悪い」
「……わかるだろ、お前だって」
「お前と一緒にするな」
 それでも根性を出して出社したあかでんに対して、俺が同情も何もしなかったものだから。
「そっちどう?」
「あー、なんか怒ってるよねえ」
「やっぱり? こっちはずっと愚痴ってるよ。酒臭いし」
「まー、うちの総括はああなったら梃子でも動かないし……」
「困るんだよね、痴話げんかやられるの」
「お互いに苦労するよねー」
「ねー」
 お互いの部下が双方で不平を漏らしつつ慰めあっていたという話が回ってきたのは数日経ってからのこと。


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余談。
このネタはうちもひめさんとこも「一番アルコールが強いのは遠鉄バス!」という一般人には理解出来ないであろう一致があったからです。なお、要崎さんのところも一番酒が強いのは遠鉄バスさんだといっておりましたので、これはもう【浜松エリア鉄道(公共交通)擬人化界においては常識であり暗黙の了解】ということにしてしまえ!
……理由?何となくそう思っただけだけど、無関係に妄想した3人が3人とも共通認識なんだから、きっとそうなのだろう(謎。

ところで、私が書くバスさんの西鹿島さん呼びかけがどうしてもしっくり来ません……。
本来、設定上は「お兄さん」なんですが、どうも【お兄さま】のほうがしっくり来るのは、やっぱりキャラ解釈がおかしいのだろうか…。
そして、なんでうちの子はこんなに馬鹿なんだろう…ほんと、作者ながら泣けてくるよ。