ひめさんのブログ読んで「…あれ?」と思ったので、勢いで書いてみる。

うちの銀ちゃんに関しては、浜松祭りバカでございます。
(この辺の話は「あかでんとてんはませんのえとせとら」に収録されていたり…)
に対し、あかでんさんは「祭りそのものは嫌いじゃないけど、浜松祭りそのものにはわりと縁遠い事情があってそこまでは…」だったりします。

 

この辺は(特に)戦後の行政主体になっていった「浜松祭り」ではなく、旧来の「旧浜松地方に存在した凧揚げ合戦・御殿屋台」の話をベースにキャラ設定した結果なので、ひめさんと差異が生じてたりしております。

元々長男が生まれると成長を祝い凧をあげるのは、江戸時代から確認されているのですが。
凧同士をわざと絡ませ糸を上下にこすり合わせることで糸切り合戦をし、勝った(糸が切れなかった)凧の持ち主(長男)は丈夫な子に育つといういわれがあり、浜松地方独特の凧揚げ合戦というものが存在しています。
で、この凧揚げ合戦。大正期までは消防組などの広域組織や商店街連合など、近隣町内で話し合って適当な時期に行っていたわけです。時期も場所も勝手連的に。まだそんなにたくさん電柱がなく、電気も高価で通ってなかった地域もある時代の話です。というか、鹿島線(今のあかでん)や東海道本線が電化される前の話でございます。
このころ、いわゆる喧嘩凧(糸切り合戦のことをこう呼ぶ)の中でも特に荒っぽい連合があったのが、佐藤町から安間町辺り(だったはず…)今でも佐藤町は西南と中町に分かれてますし(昔4つくらいなかったっけ…?別件だけど、今調べてみたら佐鳴台は般若連と1丁目のみなのね。これも昔もう1つか2つあった記憶が…)。
が、この凧揚げ祭がわりと好き勝手な場所でやってた時期から練兵場(今の和地山公園)でまとめてやるようになるあたりで、雲行きが怪しくなってきます。要は、「浜松の祭りだから(当時の)浜松市じゃないとこは参加不可」で、中ノ町線沿線エリアは参加できる地区とできない地区に分かれてしまいました。それとは別に村の祭りを利用し、以前の集団で凧揚げ合戦をやったりとかしていたようですが。
戦中~戦後にかけて3年ほど空白期間がありまして、凧揚げ祭は復活するのですが(ちなみに中田島砂丘でやるようになったのは戦前からです。が、和地山公園整備前までは戦後になってからも練兵場跡地でもやってたみたい)、このときに行政がガッツリ絡んでくる都市祭りとしての「浜松祭り」になり、旧浜松市50町のみと定められたのです。そして、観光資源としての祭の性格が強くなるにつれ糸切り合戦に使う糸は規定のもののみなど、割とおとなしくなってきます。ちなみに昭和50年以降ある事情をきっかけに新規参入が増えて、今では3分の1程度しか初期からの参加連は居なくなっていたりしております。

浜松祭りの説明、ここまで。

うちの銀ちゃんは、中ノ町線時代は板屋町に、遠州乗合自動車時代は中野町に住んでた設定になっているので、戦前からの喧嘩凧&練り組です。
(その後、西ヶ崎→松江町(現在の中央三丁目)と引っ越しを繰り返すわけですが、それはまた別の話)
戦後の浜松市主導の都市祭り(と言うよりショー化)に苦々しく思ってはいるものの、それでも昔から染み付いた喧嘩凧と激練りはやめられない。最近はたこ直(凧揚げ開場までのシャトルバス)の関係で昔ほど弾けにくくなっているのが悩みの種ではありますが、それでもうまく休みを作っては堪能しているタイプ。なお、こいつは祭りラッパもふける裏設定があったりします。エレクトーンも弾いちゃうくらいなので、遠鉄グループの音楽(?)関係のステ振りは彼に大きく偏っていたりしております。

逆にあかでんさんは、住居(本宅)が長いこと西ヶ崎でして、昭和30年代に西鹿島が本宅(西ヶ崎も準宅というか管理している)になっている関係上、そもそも住んでいる町内が浜松祭り不参加地区でございます(西ケ崎町が浜松祭りに参加するのは1995年から)。なので、都市祭り化する前の喧嘩凧祭りは知ってるし見てるけど興味はないのです。戦後の都市祭り化後は本業のほうが忙しかったりというわけで、表向き浜松まつりとは言ってるけどあくまで仕事の一環くらいの認識です。ただ、祭そのものが好きじゃないわけじゃないので、鹿島の花火大会とか、沿線の秋祭りとかは割とはしゃいだりしております。

余談ですが、戦前の凧祭りを知るうちのキャラはもうひとりおりまして、それが奥山さん。本人は凧揚げや糸切り合戦はあんまり好きじゃなく、どっちかというとそこから各町内へ帰っていくときの御殿屋台(他地区ですと山車に相当するもの)の鑑賞が好き。ただ、酒を飲ませると練りに乱入してたり糸切り合戦でムキになったりしてたりというエピソード持ち(本人記憶なし)。都市祭りとしての浜松祭りは大好きなのですが、荒くれ喧嘩凧の原因となった団体解散が尾小屋引っ越しの数年前なので、最近の「女子がラッパを吹く」観光祭りの実情は見ることが叶わずにいます(と言っても最近はYouTubeとかで配信してますが)。

更に余談を言うと、戦後の凧祭りを観光資源としての都市祭りとして裏で手ぐすね引いていたのは、(新作執筆が遅れている都合で)ろくにどんなキャラなのかわからないままになっているセイコさん(浜松市交通局)だったりします。


……え?ミヤちゃんとか北遠さんとか天浜さんとか?
あのへんは観光としての浜松まつりしか知らないんですよ。
ついでに言うと、東海道さんとか新幹線さんとかは、このGWの時期、一地方の祭りに興味をもつ暇もゆとりもありません。 そりゃそうだ。